【クイズの答え(23日分)】
クイズポイントF:スミス記念堂 (すみす きねんどう)
夢京橋あかり館からスミス記念堂を見学し、滋賀大学陵水会館までは、中堀沿いの景観ひらけた散歩道です。色づいた木立の間から姿を見せる彦根城天守の展望を楽しんで下さい。
その天守の意匠を取り入れて建てられた和風礼拝堂が、スミス記念堂です。
日本聖公会彦根聖愛教会の牧師、パーシー・アルメリン・スミス氏が私財を投じて基金を募り、両親の慰霊のため、また日米両国の交流を願って、昭和6年(1931年)に完成されました。
[第1問] スミス氏は、彦根高等商業学校(現滋賀大学経済学部)で教鞭を取っていました。
では、スミス先生が教えていた科目は、次のうち、どれでしょう?
1.神学 2.英語 3.経済学
スミス記念堂には解説ボランティアのおじさんがいて、詳しい説明をしてくれます。「アダム・スミスは、経済学者。こちらのスミス先生は、英語の先生なんですよ」
[第2問] 両親のために礼拝堂を建てる…ほんとうに親孝行な方ですね。
でも、狂言の作品の中には、父親を告発する子供が出てきます。それは?
1.鶏猫 2.泣尼 3.法師ヶ母
…「ニワトリネコ」って、なんて読むんですか?
…「けいみょう」ですよ。猫を「びょう」とも読むでしょう?
大名が大切に飼っていたペットのニワトリを、猫が食べ
ちゃうんです。
その犯人捜しをしているところに子供が現れ……。
あッ、ずるい!
クイズポイントG:陵水会館(りょうすいかいかん)
スミス氏よりずつと早く、明治38年(1905年)にキリスト教伝道の情熱に燃えて来日し、彦根の隣、近江八幡に居を定めたのが、W.M.ヴォーリズ氏です。近江兄弟社の創設やハモンドオルガンの普及に努めるなど、多岐にわたる業績の中でも、特に建築家として知られています。
建築家の自己主張で人目を驚かすのではなく、建築依頼者の求めに相応しい様式を選択しながら、住み心地の良い、健康をまもる建物を目指していたそうです。
ヴォーリズ建築と呼ばれる彼の作品は、戦前のものだけでも、全国で1500以上に及び、陵水会館も、そのひとつです。
[第1問] 壁は波打つクリーム色のドイツ壁、屋根はスペイン瓦葺き、玄関には泰山タイルを張った左右対称木造2階建の陵水会館ですが、さて、何様式でまとめられているでしょう?
1.フレンチ様式 2.オリエンタル様式 3.スパニッシュ様式
でも、スペイン風とかスパニッシュ様式といっても、具体的にどんな特徴があるのか、ネットでは見付けることが出来ません。どなたか教えてくれませんか?
[第2問] では、狂言も建築関係の問題。お屋敷を建てる最終仕上げに、山から木を持ち出す狂言の題名を、選んで下さい。
1.千切木 2.木六駄 3.三本柱
それでは、質問です。家を建てる時に必要なものを、上の3つの中から見付けて下さい。
クイズポイントH:義言地蔵(よしときじぞう)
井伊直弼公が、和歌の師として、また藩政・国政のブレーンとして信頼し重用された人が、国学者の長野主膳義言(ながのしゅぜんよしとき)です。安政7年(1860年)3月3日、直弼公は桜田門外で水戸藩士の凶刃に倒れます。義言は、政治を誤らせた黒幕として捕えられ、処刑されました。亡骸が打ち捨てられた牢屋の前庭に、義言の遺徳を偲んで祀られたのが、義言地蔵です。
[第1問] 義言は、土のような方法で処刑されたのでしょう?
1.切腹 2.斬首 3.服毒
斬首打ち捨て…武士にとっては屈辱的な刑罰も、直弼派を一掃して幕府に忠誠を誓うために、彦根藩が生き残りをかけて選んだ窮余の一策だったのかもしれません。
[第2問] 狂言師は、能の作品の中でも、いろいろな役を演じて活躍します。
牢屋の番人として、太鼓を打ち鳴らしながら見張りをする役を演じるのは、何という能でしょう?
1.籠太鼓 2.天鼓 3.富士太鼓
井口竜也「それでは、よく聞いていて下さいね。
『ロー屋の番人として、見張りをする役を演じるのは?
一、ローだいこ 二、てんこ 三、ふじだいこ』
さぁ答えは、何番でしょう?」
ご婦人A「えぇッ、そんなん、ヒントになってへんやん」
井口竜也「よく聞いて下さいよ。
『ロー屋の番人として、見張りをする役を演じるのは?
一、ローだいこ 二、てんこ 三、ふじだいこ』
さぁ答えは、何番でしょう?」
ご婦人A「そんなん、分からへんわ」
ご婦人B「分かった、分かった。すんまへんなぁ。次、行こ」
ご婦人A「なんで、分かったん?
狂言会で見たことないもんばっかしやん」
井口竜也「あの、僕も見たことないんですが…(i。i)」
茂山宗彦「あほ、狂言と違うて、能やッ言うたらええねん」
クイズポイントI:腹痛石(はらいた いし)
この石は、むかし彦根寺に参詣する人たちが、腰をおろしてひと休みした石なのだそうです。
滋賀大学の西側にある北野寺が、その彦根寺です。彦根城が建てられた時、山上から現在の位置に移されました。平安時代には、すでに観音霊場として信仰を集め、多くの巡礼が腹痛石に腰をかけて、疲れを癒しました。1000年以上もの年月、巡礼を慰めてきた石が盗まれたり壊されたりしないよう、いつの頃からか、「触るとお腹が痛くなる」と言って、大切に守られるようになったそうです。
[第1問] 彦根寺には、どんな観音様が祀られていたのでしょう?
1.水瓶を持った観音様 2.子供を抱いた観音様
3.金の亀に乗った観音様
彦根寺の山号を金亀山(こんきさん)。そこで、彦根城を金亀城とも呼ぶそうです。そういえば、金亀会館もありましたね。
[第2問] 観音様のお引き合わせで、女性に求婚する男の話は、どの狂言?
(でも、女性の顔を見た途端、男はお腹が痛くなってしまいます)
1.仏師 2.二九十八 3.花折
観音様のご利益で妻に迎えた女性は、和歌を詠むのも上手、九九の計算だって朝飯前。でも、お顔を見ると…。
クイズポイントJ:宗安寺(そうあんじ)
スタンプラリー〆括りのポイントは、宗安寺です。彦根初代藩主井伊直政公の発願により再興された上野国・安国寺に由来し、後に宗安寺と名を改められ、井伊家とともに現在地に移って、代々藩主の崇敬篤いお寺です。
[第1問] 宗安寺には、忿怒相の大黒様が祀られています。大黒様の右手には?
1.刀剣 2.三叉の矛 3.棍棒
普通、大黒様の右手には、打出の小槌が握られています。ところが、江戸時代のこと、宗安寺内部に争いがあった頃、大黒様は小槌を左手に持ちかえて、右手に刀剣を携え、寺内の争いを一刀両断に切り捨てられたそうです。
[第2問] 宗安寺赤門を入ると、右手に巨大な鬼瓦が安置されています。
お寺の鬼瓦を見た大名が、故郷に残してきた妻の顔を思い出し、懐かしさのあまり泣き出す狂言は?
1.鬼瓦 2.胸突 3.花子
「破れ鍋に閉じ蓋」とは、よく言ったものです。目はギロギロ、鼻がいかって、口は耳せせまでくわッと裂けてるような女でも、離れてみると懐かしい。男女の機微は、分かりません。「あの鬼瓦の面を見れば、国許の女どもが、しきりに恋しうなるいやい」

…さて、駆け足でクイズの解答を見てきました。
彦根の街には、素敵な歴史的遺産・建造物が、たくさんあったのですね。
茂山千五郎家と彦根とが深い絆に結ばれていることは分かっているつもりでしたが、実際には知らないことだらけでした。『開国150年祭』のお蔭で、あらためて目を開かされた思いです。
11月22日と23日。ラリーを担当した茂山家の狂言師は…、
茂山千三郎、茂山宗彦、茂山逸平、茂山童司、網谷正美、丸石やすし、増田浩紀、井口竜也、山下守之、そして、松本薫。
茂山家の夫人連、事務局員ももちろん大奮闘。
日頃の狂言会でも、それぞれ役割分担して、全員でお客様をお迎えする態勢を作っていますが、この二日間ほど、ゆっくり皆様とお話する機会はありませんでした。
お楽しみいただけましたでしょうか?
慣れないために、至らない点もあったかと思います。
ご感想や、ご不満、お気づきのことをお知らせいただければ、幸いに存じます。
このブログへのコメント書込みをお待ちしています。
ありがとうございました。
松本薫
Posted by 茂山狂言会事務局 at 19:02
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