


本名:茂山 正義
4歳の時 狂言「以呂波」のシテにて初舞台、20歳で「釣狐」を披らく。
1976年、自分達の勉強の場であると同時に、狂言界の活性化をめざし、新しい世代の観客の掘り起こしをねらった「花形狂言会」を発足。弟 眞吾、従兄弟 あきら、弟 千三郎(1980年入会)と共に主宰する。古典狂言のほか、「木竜うるし」(木下順二作)、SF狂言「狐と宇宙人」(小松左京作)、「死神」(帆足正規作)、千年振りの復曲「袈裟求」(織田正吉作)をはじめとする数々の新作狂言に取り組む。東京国立能楽堂での復曲「麻生」では、父・千作(当時 千五郎)と共演、舞台上で髪を結う珍しい演技をみせた。ヨーロッパ・アメリカ・東南アジア等海外公演にも多数参加。
現在は七五三・あきらと共に、桂米朝一門を巻込み『お米とお豆腐』を立ち上げ、新たな試みに挑戦中。
ダイナミックでユーモラス、且つ繊細という深みのある芸には定評があり、茂山家の主軸として年間600回にものぼる舞台をふんでいる。また、平成18年の還暦記念公演では、秘曲『釣狐』を全国で上演し喝采を得た。
趣味:アーチェリー・ゴルフ・油絵・彫刻
好きな物:阪神タイガース・アップルパイ・ショッピング
好きな言葉:My Way
好きな狂言:『 唐相撲』『釣狐』『鎌腹』『柑子』『以呂波』
<落語作家・小佐田定雄評>
茂山家十三世当主として、古典では圧倒的な存在感で古格をしっかりと護ります。その一方で、新作では自由奔放な軽妙な演技で同じ舞台に立っている他の出演者までも笑いの渦に巻き込む要注意人物になります。でも、どんなぶっとんだ演技をしていても、まさに「狂言」以外のなにものでもないのはさすがです。
熱烈な阪神タイガースのファンで、タイガース・グッスのコレクターとしてもなかなかのものです。そして、自宅の屋上にはシーズン中、虎の球団旗がへんぽんと翻っています。
謡で鍛えあげた朗々とした美声はカラオケにも生かされ「出町のジュリー」の名をほしいままにしています。その裏の晴れ姿はSOJAのパーティなどでご覧ください。
そんなスーパースターも、五人のお孫さんたちに囲まれると、甘い甘い「じいじ」に変身してしまいます。
| 1945年 | 7月6日十二世茂山千五郎の長男として生まれる |
|---|---|
| 1949年 | 「以呂波」のシテで初舞台 |
| 1961年 | 「三番三」披く |
| 1966年 | 「釣狐」披く |
| 1973年 | フランス・イギリス・ドイツ公演参加 |
| 1975年 | 「花子」披く(於 三世千作傘賀狂言会) 野村家狂言一行とカナダ・北、南アメリカ公演参加 |
| 1976年 | 花形狂言会発足 |
| 1980年 | 「狸腹鼓」披く(於 花形狂言会) |
| 1986年 | 昭和60年度『京都市芸術新人賞』受賞 日本能楽会入会 重要無形文化財総合指定保持者に認定 |
| 1990年 | 国際交流基金より東南アジアへ茂山狂言団副団長として公演参加 |
| 1994年 | 十三世 茂山 千五郎 襲名 |
| 1995年 | 国立歌舞伎養成部 講師就任 その他ヨーロッパ各地・ロシア・スペイン等数々の海外公演参加 |
| 2001年 | お米とお豆腐を発足 |
| 2004年 | 平成15年度『京都府文化賞功労賞』受賞 |
| 2006年 | 自身の還暦記念公演に於て秘曲『釣狐』を全国にて上演 |
| 2008年 | 平成20年度『京都市文化功労者』受賞 |
| 2008年 | 平成20年度『文化庁芸術祭賞大賞』受賞 |


本名:茂山 七五三(しげやま しめ)
5歳の時 狂言「いろは」のシテにて初舞台以来、秘曲「枕物狂」に至る流儀のほとんどを勤める。戦後、弟の千之丞と共に、他の演劇活動にも積極的に参加。新作狂言の上演・埋もれた旧作の復活にも力を注ぐ。
また中学・高校など学校巡演を永年にわたり行い、若い世代への狂言普及に努める。海外公演にも多数参加。我が国の文化に対する諸国の理解を深め親善に努める。
「天衣無縫」と称されるその舞台は、呼吸をするように自然だが、芸の神髄を感じさせられる。舞台に現れただけで会場の雰囲気が一変する、その存在感は他を寄せ付けない。数々の称賛、栄誉にもかかわらず、いつも笑顔を絶やさず親しみやすい人柄は、狂言はもとより各方面多くのファンがいる。
著書に『千五郎狂言咄』(講談社)がある。
◎重要無形文化財各個指定保持者(人間国宝)
◎日本芸術院会員
趣味:鯉の飼育・読書
好きな物:阪神タイガース・トロ・天ぷら
好きな言葉:笑う門には福来る
好きな狂言:『素袍落』『末広かり』『寝音曲』『枕物狂』『靭猿』
<落語作家・小佐田定雄評>
揚幕から登場しただけで、能楽堂全体の空気がほんわかと和むのがわかります。そして、台詞がその口から発せられると、なんでもないような一言でも実に豊かな表情を持ってくるのです。こんな魅力的な役者はめったに居ません。きっと、神様が「狂言」という芸能にくださったプレゼントだと思うのです。
「千作」というのは茂山家の隠居名ということになっていますが、「隠居」とは名ばかりのバリバリの現役です。たまに周囲の人が気を遣って、休んでもらおうとすると、「わしは今日は失業者や」とブツブツぼやいておられるそうですから油断がなりません。
一門総出演のスーパー狂言でも主役を勤め、新しい役どころへのチャレンジは忘れていません。
人間国宝にして芸術院会員という厳しい肩書きも持っておられますが、若い女性ファンから「カワイイ!」と黄色い声援を送られる、とてもキュートな重鎮なのです。
| 1919年 | 12月28日十一世茂山千五郎の長男として生まれる |
|---|---|
| 1924年 | 「いろは」のシテで初舞台 |
| 1934年 | 「三番三」 披く |
| 1940年 | 「釣 狐」 披く |
| 1949年 | 「花 子」 披く |
| 1951年 | 「狸腹鼓」 披く |
| 1963年 | 大阪文化祭賞奨励賞受賞 |
| 1966年 | 十二世千五郎襲名 |
| 1967年 | 重要無形文化財総合指定 日本能楽会会員となる 芸術祭奨励賞受賞 |
| 1978年 | 「枕物狂」 披く |
| 1981年 | 日本能楽会常任理事となる 芸術祭大賞受賞 |
| 1983年 | 京都市文化功労者の指定を受ける 芸術選奨文部大臣賞受賞 |
| 1984年 | ヴァチカン公国においてローマ法王に拝謁 |
| 1985年 | 紫綬褒章綬章 |
| 1987年 | 観世寿夫法政大学能楽賞受賞 京都府文化功労賞受賞 大阪文化祭賞金賞受賞 |
| 1989年 | 重要無形文化財各個指定(人間国宝)に認定される 大阪芸術賞受賞 |
| 1991年 | 日本芸術院会員に認定される |
| 勲四等旭日小綬章綬章 | |
| 1993年 | 京都府文化賞特別功労賞受賞 |
| 1994年 | 四世千作襲名 |
| 1998年 | NHK放送文化賞受賞 |
| 2000年 | 文化功労者 顕彰 |
| 2001年 | 朝日賞 受賞 |
| 2007年 | 京都市名誉市民に選ばれる 文化勲章受章 |


本名:茂山 政次(しげやま まさつぐ)
3歳の時 狂言「以呂波」のシテにて初舞台以来、戦後、兄の千作と共に、狂言の普及に努める。古典の狂言だけでなく復曲・新作狂言、オペラ「魔笛」や「瓜子姫とあまんじゃく」等の出演も多数手掛ける。
1948年、能楽会の数百年来のタブーを破って能狂言師としては初めてラジオ・ドラマに他のジャンルの俳優と共演。それ以後武智鉄二氏を中心とする新しい演劇運動に積極的に参画。保守的な能楽界で物議をかもし狂言界の異端児と呼ばれる。
その間廃絶狂言の復活上演や古典狂言の新しい演出、新作狂言の演出・出演にも努める。
1960年頃よりオペラ・新劇などの作・脚色・演出を始める。代表作として万博協会委嘱によるオペラ(三島由紀夫原作)「地獄変」がある。
1976年(昭和51年)より新劇「夕鶴」の山本安英「つう」の相手役「与ひょう」を演じ続け、500回を越えた。
長年にわたって鍛え上げた芸に加え、生まれ持った声量、美声を武器とし年齢を感じさせないその舞台は観客を魅了してやまない。
平成8年芸術選奨文部大臣賞受賞。他数多く受賞。
著書に『狂言役者-ひねくれ半代記』(岩波新書)、『狂言じゃ、狂言じゃ!』(文春文庫)。
CDに『ハイパー「室町歌謡組曲」BASARASARA』(fintec)などがある。
趣味:読書(乱読)・酒(及び酒席)
好きな物:豆腐・お造り(特によこわ)・揚たての天婦羅
嫌いな物:冷えた天婦羅
尊敬する人:六代目・尾上菊五郎
好きな狂言:『素袍落』・『無布施経』・『花子』・『薩摩守』・『寝音曲』
<落語作家・小佐田定雄評>
「役者に年齢はない」とよく言いますが、その実例が千之丞さんです。八十歳を超えた現在も、元日には大阪の能舞台で「三番三」を踏み、その足拍子の力強さ、張りのある美声は全く衰えを知りません。そして、その瞳は少年のようにキラキラ輝いているのです。
落語家の桂米朝さんとは永年の友人で、茂山家と米朝一門のつながりは、このお二人の友情がもとになっているのです。お酒のほうも現役。女性のほうも以前は「自分の半分の年齢の方とお付き合いする」と宣言しておられましたが、最近は「半分」を「三分の一」に下方修正したという情報も耳にしました。
お年の話をしていると、「私、孫の童司と同い年なんです」とおっしゃいました。還暦の時に「葬式」を行い、その時に生まれ変わったから、童司くんと同世代だという理屈です。でも、理屈だけでなく、ほんとに童司くんと女の子の争奪戦をやりかねないぐらいの困った元気モノなのです。
| 1923年 | 10月14日 十一世 茂山千五郎の次男として生まれる |
|---|---|
| 1925年 | 「以呂波」のシテで初舞台 |
| 1946年 | 二世 茂山 千之丞 を襲名 以後「三番三」「釣狐」を披く |
| 1948年 | 能楽会の数百年来のタブーを破って能狂言師としては初めてラジオ・ドラマに他のジャンルの俳優と共演 |
| 1951年 | 京都能楽会常任理事として「京都薪能」の創立に携わる |
| 1976年 | 木下順二作 新劇「夕鶴」の山本安英「つう」の相手役「与ひょう」を演じ続け、相手役最多上演記録をもつ |
| 1993年 | 観世寿夫記念法政大学能楽賞を受賞 |
| 1994年 | 大阪芸術賞・京都新聞文化賞を受賞 |
| 1995年 | 芸術祭賞演劇部門優秀賞を受賞 |
| 1996年 | 芸術選奨文部大臣賞を受賞 |
| 1998年 | 松尾芸能賞優秀賞を受賞。CD室町歌謡組曲「BASARASARA」が 文化庁 平成10年度 第14回芸術作品賞レコード部門第1部を受賞 |
| 1999年 | 紫綬褒章 綬章 |
| 2006年 | 平成18年度『京都市文化功労者』受賞 |


本名:茂山 眞吾(しげやま しんご)
4歳の時 狂言「業平餅」の子方にて初舞台以来、「三番三」 「釣狐」 「花子」「狸腹鼓」 などを次々と披く。
1976年に兄 正義(現 千五郎)、従兄弟 あきらと共に花形狂言会を発足。自分達の活動の拠点として古典は勿論のこと秘曲の復曲、新作狂言の上演等を積極的におこなう。
また、劇団風の子の指導・演出、NHK文化センター講師、名張子供狂言の会の指導と、指導者としても活躍しており、名張子供狂言の会において指導者として1994年アメリカ・オレゴンアシュランドにて公演。三重県平成文化賞を受賞する。
日本の伝統芸能である狂言を海外に紹介する活動にも積極的に参加。海外公演は近年ほぼ毎年参加しており、その活動にはめざましいものがある。1999年には「花形狂言会」を卒業した。また2000年1月にはパリの俳優術研究所(ARTA)に招かれ、ワークショップを行う。チェコ共和国において「七五三(なごみ)の会」発足。
現在は千五郎・あきらと共に、桂米朝一門を巻込み『お米とお豆腐』を立ち上げ、新たな試みに挑戦中。
クセのない素直で堅実な演技に好感を持つ人は多く、明日の狂言界を担う逸材として将来を嘱望されている。
趣味:剣道(四段)居合(三段)・古美術・ドライブ
好きな物:自動車・ビーフカツレツ・ビートルズ
好きな言葉:和・友・笑い・技
好きな狂言:『宗論』『悪太郎』『空腕』『千鳥』『月見座頭』
<落語作家・小佐田定雄>
「七五三」という名前は千作さんの本名です。その名前を受け継いで二世七五三を襲名したのは一九九五年のことでした。その前後から、お茶目度が急上昇したように思います。銀行員と二足の草鞋を履いていたころはキリリと吊りあがっていた目尻も、専業狂言師になるとともに流れはじめ、今ではご覧のような理想的な狂言師のお顔になりました。
剣道の達人で「世が世であらば、辻斬りになりたかった」などと物騒な夢を語ることもありますが、休日には美術館を訪れ、静かにワインを傾けるというごく平和的なおじさんですのでご安心ください。
役柄の幅広さは茂山家随一で、気の弱い亭主から大ボケの大名、はしっこい太郎冠者、こわーい女房、怪しげな山伏に至るまでの「人類」はもちろんのこと、カエルやゴキブリの役までをみごとに演じてのける万能選手なのです。
| 1947年 | 8月30日 十二世 茂山千五郎の次男として生まれる。 |
|---|---|
| 1951年 | 「業平餅」の子方で初舞台 |
| 1965年 | 「三番三」披く |
| 1969年 | 「釣狐」披く |
| 1975年 | 日本能楽団のイラン・スイス・西ドイツ公演参加 |
| 1976年 | 花形狂言会の発足 |
| 1978年 | 「花子」披く |
| 1986年 | 京都金剛流能楽団と共にベルギー公演参加 |
| 1989年 | 梅若六郎能楽団と共にベルギー公演参加 |
| 1990年 | 国際交流基金より茂山狂言団員として東南アジア・韓国公演参加 「狸腹鼓」披く |
| 1991年 | 国際交流基金よりイギリス・モスクワ公演参加 |
| 1992年 | アメリカ・オレゴンにてアメリカジャパンウィーク公演参加 重要無形文化財総合指定・日本能楽会会員となる |
| 1993年 | ニューヨーク能公演においてコロンビア大学ミラー劇場 メトロポリタン美術館にて公演 第11回「京都府文化奨励賞」受賞 |
| 1994年 | 名張子供狂言指導者としてオレゴンアシュランド公演参加 |
| 1995年 | 二世 七五三 襲名 |
| 1996年 | 国際交流基金よりベルギー・イタリア・ルーマニア公演参加 ベネツィアジャパンウィーク公演参加 |
| 2000年 | フランス パリ俳優術研究所(ARTA)講師として招かれる |
| 2001年 | お米とお豆腐を発足 |
| 2007年 | 平成18年度『京都府文化賞功労賞』受賞 |


本名:茂山 晃(しげやま あきら)
3歳の時 狂言「以呂波」のシテにて初舞台以来、「三番三」「釣狐」「花子」を披く。
1976年、花形狂言会を発足。従兄弟の正義(現 千五郎)、眞吾(現 七五三)と主宰する。
古典狂言のみならず、小松左京作SF狂言「狐と宇宙人」他、『木竜うるし』(1978)『死神』(1981)等の新作狂言や千年振りの復曲「袈裟求」など演じ、狂言の大衆化に力を注いできた。
多才な演劇人である父・千之丞の影響を受けテレビ、ラジオ、新劇、実験劇に参加。またアメリカ人ジョナ・サルズと共に「NOHO(能法)劇団」を主宰。ベケット・イエイツの不条理演劇、英語狂言など海外公演を行う。
現在は千五郎・七五三と共に、桂米朝一門を巻込み『お米とお豆腐』を立ち上げ、新たな試みに挑戦中。
その他演出家としても関西歌劇団・関西二期会等のオペラ、新劇、能法劇団、新作狂言、パフォーマンス、ファッションショーの企画・構成・演出など手掛け「舞台マルチ人間」を目指している。
著書に「京都の罠」(KKベストセラーズ)がある。
趣味:読書
好きな物:お酒
好きな言葉:はじめの一歩
好きな狂言:『因幡堂』『地蔵舞』『梟』『千鳥』『茫々頭』
<落語作家・小佐田定雄評>
愛称は「あーちゃん」。
同世代の千五郎さん、七五三さんとともに一門の中間管理職として、雄雄しく戦っていて、落語と同じ舞台で競演する「落言」をはじめとして、ベケットの戯曲を積極的に上演したり、いろいろと多方面でも活躍中で、「なんだかアヤシイな」と思われる企画には必ずこの人が噛んでいるのです。
よーくご覧いただくと、丸の中に「あ」の字を書いた紋の付いた黒紋付を着ていることがあります。伝統的な「紋」を使って自己主張をしているあたり、あーちゃんの面目躍如たるところなのです。
若いころはスレンダーで、女性ファンの魂を奪っていたと申します。「そのころは、装束を着ける時、おなかの部分にタオルを入れて帯を締めやすくしたもんです」とはご本人の証言ですが、近年は「修行」の甲斐あって、自前のおなかで間に合うようになりました。
| 1952年 | 6月12日 茂山千之丞の長男として生まれる |
|---|---|
| 1956年 | 「以呂波」のシテで初舞台 |
| 1975年 | 「三番三」を披く 同年、大曲「釣狐」を披く |
| 1976年 | 花形狂言会を発足 |
| 1981年 | 米人ジョナ・サルズと共に「能法劇団」を主宰 |
| 1982年 | 「能法劇団」イギリス エジンバラ国際演劇祭・フリンジ公演参加 |
| 1984年 | 「能法劇団」アメリカツアー |
| 1985年 | 「能法劇団」アメリカツアー |
| 1986年 | 「能法劇団」アメリカツアー |
| 1988年 | 「能法劇団」香港公演 |
| 1992年 | 京都市芸術新人賞受賞 |
| 1994年 | 「花子」を披く |
| 1997年 | 「京都の罠」(KKベストセラー)出版 |
| 2001年 | お米とお豆腐を発足 |


WEBサイト:茂山 千三郎公式サイト
3歳の時に「業平餅」の童役で初舞台。その後、着々と狂言師の道を歩み、1980年より「花形狂言会」に加わり活動する。
2000年には正邦、茂、宗彦、逸平、童司と共に、「心・技・体、教育的古典狂言推進準備研修錬磨の会=通称 TOPPA!」を主催(2005年解散)。企画製作そして出演までを自分たちでおこなうTOPPAを通し、古典狂言の魅力を存分に味わっていただき、老若男女問わずひとりでも多くファンになっていただけるよう日々努力している。
独特の個性溢れる着眼点で、新作狂言の脚本も手掛け、現代の風刺をうまく取り入れたその作品は、室町時代の庶民の中で伸び伸びと生き、創られてきた時代を偲ばせる。代表作に「だんご聟」「都渡り」「薬水」など。
他ジャンルの新旧芸術との交流を試み演出家としても活躍。演出デビュー作ミュージカルオペラ『ONATSU』では現代劇・オペラ・ミュージカル・狂言をユニットさせ好評を得る。
2003年には、京都市交響楽団とのコラボ「鐘ノ音」を、2004年京都音楽祭オープニングにて「金平糖」を手がける。
また立川志の輔師匠と共鳴し、毎月満月の夜に「落語と狂言の会」を1年を通して公演。2004年は全国で展開。
狂言師としても、明快な語り口、柔軟な表現力には定評があり、多くのファンをもつ。
FM京都αステーションにて、パーソナリティーをつとめ、最も古い芸能の狂言師が、最も新しい音楽を流しつつ、若者たちへ古典芸能“狂言”の魅力を紹介し、KBS京都のキャスターや、年間20回を数える狂言の講演で、独自の語り口で“狂言”の魅力を伝える。
趣味:ゴルフ・美味しい物を食べること・映画・観劇・温泉・ガーデニング
好きな物:東京ディズニーランド・アップルパイ・花(なかでも薄紫のパンジー)
好きな狂言:『神鳴』『千鳥』『靭猿』『寝音曲』『花子』
<落語作家・小佐田定雄評>
つぶらな瞳とハスキーボイスが魅力的な千三郎さんは、若手のみんなから「おっきい兄ちゃん」と呼ばれています。小柄な千三郎さんがなぜ「おっきい」と呼ばれるのでしょうか?
実力派狂言師としてだけでなく、プロデューサーとして、さまざまなおもしろ企画を思いつく知恵袋でもあります。狂言会での解説での話術にも定評があり、ラジオではDJとして活躍。「日本一おしゃべりな狂言師」として、狂言のおもしろさを世間に発信し続けているのです。そして、『世にもおもしろい狂言』という、わかりやすくておもしろい入門書まで上梓するという、まさに千手観音のような活躍ぶりに、若手たちは尊敬の思いを込めて「GREAT=おっきい」という称号を与えたのです。でも、いつまでも「兄ちゃん」扱いでは失礼だというので、これからは「ちっこいおっちゃん」と呼ぼうという話が若手の間から出ているようですが…どっちが失礼なんでしょう?
| 1964年 | 9月4日 十二世 茂山千五郎の三男として生まれる |
|---|---|
| 1967年 | 「業平餅」の童(子方)で初舞台 |
| 1980年 | 「三番三」を披く |
| 1984年 | 花形狂言会にて 大曲「釣狐」を披く フランス スペイン 能公演参加 |
| 1987年 | ワシントン桜祭 狂言公演参加 |
| 1988年 | オーストラリア 能公演参加 |
| 1989年 | 観世流能楽団世阿弥座 チェコ 東ドイツ イタリア 公演参加 |
| 1990年 | 茂山狂言団 東南アジア 韓国 公演参加 |
| 1991年 | イギリスJAPANフェスティバル 梅若研能会能公演参加 |
| 1992年 | 花形狂言会 世代交代のつなぎ役として 若手の牽引役として企画・制作の仕事にあたる |
| 1994年 | フランス・アビニオン演劇祭にメインプログラムとして招かれ「棒縛り」を演じる |
| 1996年 | 東ヨーロッパ公演参加 |
| 1997年 | ミュージカルドラマ『ONATSU』で演出を手掛ける |
| 1999年 | 「京都府文化奨励賞」受賞 |
| 2000年 | 「花子」披く(於 2000年度茂山狂言会) |
| 2001年 | 新作狂言「だんご聟」を作・演出、古作「薬水」を復曲 |
| 2003年 | 「京都市芸術新人賞」受賞 |
| 2004年 | 日本能楽会ニューヨーク公演に参加 |


4歳の時に『以呂波』のシテにて初舞台。その後『千歳』『三番三』を披く。
1993年、花形狂言会に入会と同時に、同会にて大曲『釣狐』披く。
1995年より東京に於いて『狂言小劇場』を弟の茂、従兄弟の宗彦、逸平らと年4回の公演を約10年間続けた。
1997年、ライブハウスで狂言会を催すという若者らしい発想で、狂言を一度も見たことのない観客の動員に成功。ライブハウス狂言会以来の狂言ファンという若者も少なくなく大好評を得た。また2000年6月より2005年まで千三郎、茂、宗彦、逸平、童司と共に「心・技・体、教育的古典狂言推進準備研修錬磨の会=通称TOPPA!」を主催。
2006年より「HANAGATA」を宗彦、茂、逸平、童司と共に再開。企画製作そして出演までを自分たちでおこなう HANAGATAを通し、狂言の魅力を存分に味わっていただくことを目的としている。また、若手能楽師(シテ方・浦田保浩、浦田保親 大鼓方・谷口有辞 小鼓方・曽和尚靖)による能楽グループ『心味の会』メンバーとして、狂言のみならず、能のファン開拓にも力を注ぐ。
趣味:ゴルフ・フットサル・半身浴
好きな物:キムチ・焼肉
好きな言葉:冬きたりなば、春遠からじ
好きな狂言:『靭猿』『空腕』『通圓』『釣狐』『花子』
<落語作家・小佐田定雄評>
愛称は「まーくん」。
まだまだ若いのに、その芸にも体型にもどっしりとした安定感が漂っています。未来の当主というDNAのなせる業かも知れません。そして、その安定した世界を一瞬にしてひっくり返してしまいかねない、熱いマグマを内包しているのです。
小学生のころ、上方落語にのめりこみ桂米朝に入門しようと考えた時期があるそうで、もし、正邦がその夢を実現していたら、米朝門下にはとてつもなく優秀でスケールの大きい若手落語家が育っていたことでしょう。彼が狂言の世界を選んだことは、上方落語にとっては大きな損失ですが、能楽界にとっては大きな幸せとなりました。
双子の息子さんたちの父親として、未来の狂言師を育てるという責任も両肩にのってきました。
| 1972年 | 7月7日十三世千五郎の長男として生まれる |
|---|---|
| 1976年 | 『以呂波』のシテで初舞台 |
| 1986年 | 日本能楽養成会に入会 同年 『千歳』を披く |
| 1989年 | 『三番三』を披く |
| 1993年 | 花形狂言会入会 花形狂言会にて大曲『釣狐』を披く アメリカ・アビニオン演劇祭参加 |
| 1995年 | 東京博品館劇場にて狂言小劇場第1回公演 若手能楽師グループ『心味の会』結成 |
| 1997年 | ライブハウスにて狂言会を催す |
| 1998年 | 平成10年度 大阪市 咲くやこの花賞 受賞 |
| 2004年 | 『花子』を披く |
| 2005年 | 平成17年度文化庁芸術祭新人賞受賞 |
| 2008年 | 平成20年度京都府文化賞奨励賞受賞 |


4歳の時『以呂波』のシテにて初舞台。その後『千歳』『三番三』を披く。
1994年に従兄弟の茂山 茂・弟の茂山 逸平 らと共に「花形狂言少年隊」を結成。旗揚げ公演以来、若い世代に照準をあわせた「花形狂言少年隊」の活動は、若者を中心とした観客に熱烈な支持を得てNHKの番組「トップランナー」にも取り上げられた。
1995年、東京にて狂言小劇場の公演を正邦・茂・逸平と開始。
フランス・イタリア等の海外公演にも参加。
2000年6月より2005年まで千三郎、正邦、茂、逸平、童司と共に「心・技・体、教育的古典狂言推進準備研修錬磨の会=通称 TOPPA!」を主催。
2006年より「HANAGATA」を正邦、茂、逸平、童司と共に再開。企画製作そして出演までを自分たちでおこなう「HANAGATA」を通し、狂言の魅力を存分に味わっていただき、自らの芸を磨くことを目的としている。
また弟逸平と共に、新作二人芝居 <宗彦、逸平のThat’s Entertainment「おそれいります、シェイクスピアさん」> に挑戦するなど幅広く活躍する。
その他、狂言以外の活動として幻想歌舞伎「土御門大路」、NHKテレビドラマ「京都発ぼくの旅立ち」「ふたりっ子」「終のすみか」「ちりとてちん」等に出演。ミュージカル「アンネの日記」「ザ・近松」「蜘蛛巣城」「天国を見た男」出演と狂言のみならず色々な方面で活躍。今後の活動から目が離せない存在である。
著書に『茂山宗彦茂山逸平と狂言へ行こう』(旬報社)がある。
趣味:ルアーフィッシング・旅・手品・アイスホッケー
好きな物:魚
好きな言葉:ありがとう!!かたじけない!!
好きな狂言:『飛越』『延命袋』『腹不立』『胸突』『清水』
<落語作家・小佐田定雄評>
ニックネームは「モッピー」。
ミュージカルやテレビドラマなど、狂言以外の舞台出演も多く、悩みを内に秘めた屈折した若者という役どころが多いようです。でも、みなさん、眉間に刻み込まれた憂鬱そうな縦じわに騙されてはいけません。素顔のモッピーは、実に気さくすぎるぐらいフレンドリーな「ナイスガイ」なのですから。
狂言師としては、鉢巻をきりりとしめて鬼退治をする凛々しい若武者の役などを得意とする一方で、美女に言い寄られて「デヘヘヘヘ」などとだらしなく笑う男などにもいい味を出します。仲間たちの証言によると、どうやら後者のほうがモッピーの真の姿だというのですが…。
最近の彼の舞台には、なにかがふっきれたように、「さあ、おもろいことをやるでえ」という気合が充実しているようです。
| 1975年 | 6月4日 大蔵流狂言師 茂山 眞吾(現 茂山七五三)の長男として生まれる |
|---|---|
| 1979年 | 『以呂波』のシテで初舞台 |
| 1989年 | 京都能楽養成会入会 |
| 1990年 | 『千歳』を披く |
| 1992年 | 幻想歌舞伎「土御門大路」に大谷友右衛門・中村芝雀らと大阪近鉄アート館・東京ベニサンピットで公演 |
| 1994年 | 花形狂言少年隊を 茂山 茂・茂山逸平 と結成(2000年まで活動) |
| 1995年 | 東京博品館劇場にて狂言小劇場第1回公演 同年 祖父 千作(人間国宝・芸術院会員)叔父 千三郎らとフランス公演参加 |
| 1996年 | 『三番三』を披く 同年 NHKドラマ新銀河「京都発 ぼくの旅立ち」に主演 |
| 1996年 | イタリアジャパンウィーク ベニス公演参加 |
| 1997年 | NHK朝の連続ドラマ小説「ふたりっ子」に出演 ミュージカル「アンネの日記」に出演、東京芸術劇場、大阪シアタードラマシティー、全国ツアー15ケ所にて公演 |
| 1998年 | ミュージカル「アンネの日記」に再出演 |
| 1999年 | NHK BSドラマ 「活動写真の女」に出演 ミュージカル「ザ・近松」に出演 芸術祭参加作品 NHKテレビドラマ「終のすみか」に出演 |
| 2000年 | 『釣狐』を披く |
| 2007年 | NHK朝の連続ドラマ小説「ちりとてちん」に出演 |


4歳の時に 小舞『柳の下』にて初舞台。その後『千歳』『三番三』『釣狐』を披く。
1994年から従兄弟の茂山宗彦・逸平らと共に「花形狂言少年隊」を結成。同年の旗揚げ公演以来、毎年「花形狂言少年隊」としての自主公演をおこなった。
舞台で活躍している狂言師が同年代ということで、若年層の観客が狂言を身近に感じ、各地の狂言会にも若者の観客が目に見えて多くなったという点において、「花形狂言少年隊」の功績は大きい。また、東京において「狂言小劇場」を兄の正邦、従兄弟の茂山宗彦・逸平らと1995年から2004年まで続けてきた。
2000年6月より2005年まで千三郎、正邦、宗彦、逸平、童司と共に「心・技・体、教育的古典狂言推進準備研修錬磨の会=通称TOPPA!」を主催。
2006年より「HANAGATA」を正邦、宗彦、逸平、童司と共に再開。企画製作そして出演までを自分たちでおこなう「HANAGATA」を通し、狂言の魅力を存分に味わっていただき、自らの芸を磨くことを目的としている。
体格には恵まれないが、逆にそれを活かした女性役に定評が有る。
趣味:スポーツ観戦、主にサッカー・野球・アメフト・バスケ・テニス・ゴルフ
好きな物:こんにゃく・ギネスビール・ジャイアントコーン
好きな言葉:あそび心
好きな狂言:好き嫌いがなくなりました。得手不得手はあります。
<落語作家・小佐田定雄評>
「茂山家の玉三郎」と呼ばれるほど、若い美女の役はぴったり。ビナンという白い布で頭を包むと、一瞬にして狂言界のミス・ユニバースに変身するから不思議です。とても二児の父には見えません。
文科系揃いの茂山家では唯一の理数系の頭脳の持ち主で、ホームページの管理から蛍光灯の取替えまで、あらゆる科学分野を担当していると聞きました。そして、狂言で使用する面や装束の管理、新作で使う怪しげな小道具やカブリ物の製作も一手に引き受けている有能な職人さんでもあります。
本人も「狂言の技術をつきつめて習得していく『狂言職人』になりたい」と言っている根っからのエンジニアです。普段はクールでもの静かな雰囲気の持ち主ですが、いったんお酒が入ると熱血漢に変身して、饒舌に熱く語り始める一面も持ちあわせており、この男、ただの技術者ではないのです。
| 1975年 | 9月9日十三世千五郎の次男として生まれる |
|---|---|
| 1979年 | 小舞『柳の下』で初舞台 |
| 1980年 | 映画『百地三太夫』に出演 |
| 1989年 | 京都能楽養成会に入会 |
| 1993年 | 『千歳』を披く |
| 1994年 | 『三番三』を披く 「花形狂言少年隊」を茂山宗彦・茂山逸平と結成 |
| 1995年 | 東京博品館劇場にて「狂言小劇場」第1回公演 |
| 1996年 | 東ヨーロッパ公演参加 |
| 1998年 | 『釣狐』披く |


WEBサイト:茂山逸平オフィシャルブログ“和日日和”
4歳の時『業平餅』の童にて初舞台。その後『千歳』『三番三』『釣狐』を披く。
1994年に、宗彦、茂と「花形狂言少年隊」を結成し活躍する。また2000年より心・技・体、教育的古典狂言推進準備研修錬磨の会=「TOPPA!」を千三郎、正邦、宗彦、茂、童司と共に主催し、活動。
1995年、東京にて狂言小劇場の公演を開始。
スペイン等の海外公演にも参加。その一方で、東映映画「将軍家光の乱心・激突」の竹千代役で出演。NHK朝の連続テレビ小説「京ふたり」「オードリー」他、舞台・CMと数々出演。また兄宗彦と共に、新作二人芝居 <宗彦、逸平のThat’s Entertainment「おそれいります、シェイクスピアさん」> に挑戦するなど幅広く活躍する。
2006年より「HANAGATA」を正邦、宗彦、茂、童司と共に再開。企画製作そして出演までを自分たちでおこなう「HANAGATA」を通し、狂言の魅力を存分に味わっていただき、自らの芸を磨くことを目的としている。
2006年秋から1年間フランスに留学した。
著書に『茂山宗彦茂山逸平と狂言へ行こう』(旬報社)がある。
趣味:散策
好きな物:カウンターの端・秋・おもち・コーヒー
好きな言葉:おのがうんはおのがてでつかめ
好きな狂言:『口真似』『禰宜山伏』『二人袴』『文相撲』『蝸牛』
<落語作家・小佐田定雄評>
愛称は「イッペーちゃん」。
イッペーちゃんが舞台に現れるとその頭の上に青空が見えることがあります。その姿、その表情、その声、どれをとっても「爽やか」という感じがするのです。役柄も無邪気な花聟だとか、おとぼけの太郎冠者、コケティッシュな娘など、思わず抱きしめてあげたくなるようなキャラがぴったりです。
桂枝雀師の大ファンで、小さな落語会でその腕前を披露し、本職の落語家さんから「う、うますぎる!」との絶賛を浴びました。
二〇〇七年の秋までパリに留学して日本の舞台を留守にしますが、帰国してからの変身ぶり(?)にご期待ください。
今ごろ、セーヌ河のほとりを美しいパリジェンヌとデートしているか、下宿の部屋で一人寂しくiPodで枝雀落語を聴いているかはご想像に任せます。
| 1979年 | 6月12日 大蔵流狂言師 茂山 眞吾(現 茂山七五三)の次男として生まれる |
|---|---|
| 1983年 | 『業平餅』の童で初舞台 |
| 1988年 | 東映映画『将軍家光の乱心・激突』の竹千代役で出演 |
| 1990年 | NHK朝の連続テレビ小説『京ふたり』出演 |
| 1991年 | テレビ東京 正月12時間ドラマ『水戸光圀乱の生涯』に出演 |
| 1992年 | NHK ドラマ新銀河『大阪で生まれた女やさかい』に出演 映画 『お引っ越し』に出演 |
| 1994年 | 『千歳』披く 花形狂言少年隊を 茂山 茂・茂山 宗彦 と結成 |
| 1995年 | 東京博品館劇場にて狂言小劇場第1回公演 |
| 1996年 | イタリアジャパンウィーク ベニス公演参加 |
| 1999年 | 芸術祭参加作品 NHKドラマ「終のすみか」に出演 |
| 2000年 | 「心・技・体、教育的古典狂言推進準備研修錬磨の会=通称 TOPPA!」旗揚公演 NHK朝の連続テレビ小説『オードリー』出演 |
| 2001年 | 『三番三』を披く |
| 2003年 | 『釣狐』を披く |
| 2004年 | 新国立劇場「てのひらのこびと」出演 |


3歳の時、父あきらの主宰する「NOHO(能法)劇団」の『魔法使いの弟子』にて初舞台。また、狂言『以呂波』にて初シテを勤める。
1995年に、茂、宗彦、逸平が結成した「花形狂言少年隊」に入隊、共に活動する。最年少ながら色々な役に積極的に取り組んだ。また2000年より「心・技・体、教育的古典狂言推進準備研修錬磨の会=TOPPA!」を千三郎、正邦、宗彦、茂、逸平と共に主催し、活動。
2006年より「HANAGATA」を正邦、宗彦、茂、逸平と共に再開。
他に時代劇「かわら版 忠臣蔵」で大石主税役で出演、「Sense Dise:one」に企画・制作・演出・するほか、詩人choriとのユニット「chori/童司」など意欲的な活動をみせる。
アメリカンスクールに通っていたこともあり、英語が堪能なバイリンガル狂言師である。
趣味:楽器制作
好きな物:タオルケット
好きな言葉:残念・お休みやす・どーもです(全て口グセ)
好きな狂言:『平忠恋狂』『流れ星X』『かけとり』『神棚』『死神』
<落語作家・小佐田定雄評>
ご存じバイリンガル狂言師。ちょっと散歩するような調子で平気で世界を股にかけて歩き回ってきました。そのため、いまだに日本語より英語のほうが達者で寝言も横文字で言うとの「伝説」があります。
「お兄ちゃん」たちに比べると幼さが残っていたのは数年前までのこと。近ごろは一人前の役者として童司ならではの独自の世界を確立しました。舞台で見せる動きや表情が、ときとして父のあきらに生き写しであることが誇りであり、悩み(?)でもあると聞きました。
オシャレな眼鏡を愛用していて、煙草も手巻きを愛用するなど、ちゃんとこだわりを持っている男でもあります。
名前をローマ字で表記すると「DOJI」となりますが、決してドジな男ではありません。
| 1983年 | 4月2日 茂山あきらの長男として生まれる |
|---|---|
| 1986年 | 能法劇団『魔法使いの弟子』にて初舞台 。 『以呂波』の初シテを勤める |
| 1995年 | 花形狂言少年隊に入隊 |
| 1997年 | 『千歳』を披く |
| 1998年 | 南座「かわら版 忠臣蔵」に大石主税役で出演 |
| 2000年 | ひとり芝居”Sence Disc:one”企画・制作・演出・主演のひとり四役をこなす |
| 2004年 | 『三番三』を披く |
| 2006年 | 『釣狐』を披く |


本名:木村 要
父及び十一世茂山 千五郎に師事。
京都大学文学部卒業。狂言普及、啓蒙に力を入れ、新作狂言をも10作創るなど、現代においての狂言の在り方にも一見識を持つ。
「同門会」「七笑会」「双の会」から現在「翔の会」主宰。
新作狂言
『鬼の目にも涙』(1973)
『筵八幡』(1977)
『冥土行』『天河詣で』(1981)
『鈍根宿』(1982)
『聖ばかし』(1983)
『唐音』『呆れ俊寛』(1985)
『爺馬鹿』(1986)
『二人死神』(1987)
『蓬莱の福鬼』(1988)
『山賊聟』(1990)
『売声』(1991)
『お用の尼』(1993)
『豆の木太鼓』(1994)
『寝代り』(1995)
『誑山伏』(1996)
『布晒し』(1997)
『十王堂』(1998)
『十王堂(無言狂言)』(1999)
『環琶の湖』『琵琶の湖-その後』(2001)
『企業舎弟』『桜子の店』(2002)ほかを作・初演する。
著書に『新作絵入狂言記』(カナメ企画社)がある。
◎日本能楽会会員
◎重要文化財総合指定保持者
◎大阪樟蔭女子大学講師
◎日本歌劇学校講師
趣味:釣り
好きな物:女
嫌いな物:女
尊敬する人:三世茂山千作
好きな狂言:『千鳥』・『鐘の音』・『地蔵舞』・『名取川』・『瓜盗人』
| 1929 | 6月24日生まれ |
|---|---|
| 1932 | 『以呂波』のシテにて初舞台 |
| 1969 | 「七笑会」にて『花子』を披く |
| 1972 | 「双の会」にて『三番三』を披く |
| 1974 | 「双の会」にて『釣狐』を披く |
| 1994 | 『枕物狂』を披く |
| 1981 | 大阪文化祭賞奨励賞受賞 |


本名:柴田 晃
三世茂山 千作に師事。
三世茂山 千作の娘婿。1954年〜1961年、銀行勤務の傍ら、茂山 千五郎家の狂言師として主にアド役に出演。
◎能楽協会会員
◎日本能楽会会員
◎重要無形文化財総合指定保持者
趣味:旅行
好きな物:好き嫌いはない
嫌いな物:好き嫌いはない
尊敬する人:三世茂山千作
好きな狂言:『素袍落』・『萩大名』・『察化』・『蝸牛』・『附子』
| 1930 | 京都市に生まれる |
|---|---|
| 1954 | 三世茂山千作に師事、初舞台を踏む。 |
| 1996 | 狂言師に専業 |
| 1998 | 重要無形文化財総合指定保持者 |


1965年、京都大学入学と同時に、同大学狂言研究会に入会して木村正雄に師事。
能楽養成会に入会し四世千作に師事。それとともに同志社高等学校に勤務。二足のわらじを履つつ現在に至る。
1984年に、同門 丸石やすし・松本薫らと共に「三笑会」を結成。京都府立芸術会館主催「狂言 勉強会」(現在 狂言三笑会)を自分たちの勉強の場、発表の場として年間5回の公演を催しており、公演回数は120回を既に数えている。
また、新作狂言『蛍が宿』(1995)『椎茸典座』(1999)を作・初演する。
大津市在住。
◎能楽協会会員
◎日本能楽会会員
◎重要無形文化財総合指定保持者
◎京都能楽会会員
趣味:酒・歌・煙草・また・・・
好きな物:「閑居して不善を為す」こと
嫌いな物:意に染まぬ束縛
尊敬する人:四世茂山千作をはじめとする、存在感のあるすべての役者
好きな狂言:『武悪』・『文蔵』・『鍋牛』・『宗論』・『千鳥』
<落語作家・小佐田定雄評>
愛称は「アミさん」。
今から四十年以上前、『ライフルマン』というテレビ西部劇がありました。その主題歌の一節に「いかつい顔にやさしい目」という歌詞があり、「網谷さんにぴったりのフレーズやなあ」と思ったことがありました。
おっとり、のんびりとした芸風は茂山一門の中でも貴重なものです。丸石、松本とともに二十数年前から京都でスタートした「三笑会」という狂言勉強会も百十回を超えました。
高校の先生との二足の草鞋も、最近は多忙を極めているようです。
| 1947 | 京都市に生まれる |
|---|---|
| 1965 | 『しびり』のアド(八坂神社奉納狂言会)で初舞台 |
| 1971 | 能楽養成会に入会して十二世茂山千五郎(現 四世千作)に師事 |
| 1978 | 『三番三』を披く(多賀神社奉納) |
| 1979 | 能楽養成会を卒業 |
| 1980 | アジア芸術祭に参加し、香港で公演 同年『筵八幡』のアド(「翔の会」)で大阪文化祭賞奨励賞を受賞 |
| 1984 | 同門 丸石やすし・松本薫と共に「三笑会」を結成。京都府文化芸術会館主催 「狂言勉強会(現在 狂言三笑会)」を年5回公演 現在に至る |
| 1986 | 『釣狐』披く(「狂言勉強会」別会) |
| 1995 | 『花子』披く (「狂言 三笑会」別会) |
| 1998 | シカゴ公演に参加 |
| 1999 | 道元禅師750回大遠忌に向け、永平寺の依頼をうけて、新作狂言『椎茸典座』を創作。永平寺での初演を皮切りに、2001年まで全国を巡演する。 |
| 2004 | 三笑会 第100回記念公演 |
| 2006 | 平成17年度京都府文化賞功労賞受賞 |


本名:丸石 康(まるいし やすし)
茂山 千之丞と『運命の出会い』(自称)があり入門。
NOHO劇団公演を含め、海外公演にも多数参加。
1984年に、同門 網谷 正美・松本 薫らと共に「三笑会」を結成。京都府立芸術会館主催「狂言 勉強会(現在 狂言三笑会)」を自分たちの勉強の場、発表の場として年間5回の公演を催しており、公演回数は120回を既に数えている。
また1996年アメリカに演劇レクチヤー講師として招聘される。
落語家を目指していた時代もあり、師匠千之丞の影響もあってか、観客を楽しませる解説・司会は大変好評を得ている。「山椒は小粒で・・・」なんとやら・・・と小柄であることを生かした?軽妙で柔軟な舞台は、初めて狂言を見る人の緊張を和らげ、いつの間にか舞台に引き込む魅力をもっている。
◎「狂言三笑会」主宰
◎能楽協会会員
◎日本能楽会会員
◎重要無形文化財総合指定保持者
◎京都能楽会会員
趣味:落語鑑賞・パチンコ
好きな物:ポテトサラダ・ハンバーグ
嫌いな物:セロリ・パイナップル
尊敬する人:ニ世茂山千之丞
好きな狂言:『千鳥』・『魚説経』・『縄綯』・『蝸牛』・『武悪』
<落語作家・小佐田定雄評>
ニックネームは「マルさん」。念のために申し添えておきますが、決して頭の型からきた愛称ではありません。名前からきた呼び名です。若手たちの厳しい指南番であり優しい相談役であり頼りになる兄貴分です。
役者としても新作に古典に、千作・千之丞から若手までの相手役をみごとにこなすオールマイティのお人です。
広島の生まれで上方落語の魅力にとりつかれ、米朝師の弟子になるつもりだったのが、千之丞さんの狂言を見て方向転換。でも、落語を聴いた実績は、狂言解説の軽妙な話術に生かされているので、無駄にはなっていないのです。
| 1950 | 1月30日生まれ |
|---|---|
| 1973 | 広島商科大学 卒業(現 広島修道大学) |
| 1974 | 茂山千之丞に入門 かなもじ会『腹不立』アドで初舞台 |
| 1981 | 能法(NOHO)劇団に参加 |
| 1982 | NOHO劇団イギリス エジンバラ国際演劇祭・フリンジ公演参加 |
| 1984 | NOHO劇団 アメリカツアー参加 (1985年、1986年もアメリカツアー参加) 同門 網谷正美・松本薫 と共に「三笑会」を結成。京都府立文化芸術会館主催「狂言勉強会(現在 狂言三笑会)」を年間5回公演 現在に至る |
| 1988 | NOHO劇団 香港公演参加 |
| 1990 | 茂山狂言団の一員として 東南アジア・韓国公演参加 『三番三』披く |
| 1992 | 『釣狐』披く |
| 1994 | 『花子』披く アヴィニョン 国際演劇祭参加 ギリシャ 国際演劇祭参加 |
| 1996 | スイス・ウクライナ 公演参加(キエフ演劇祭) |
| 2004 | 三笑会 第100回記念公演 |
| 2006 | 平成17年度京都府文化賞功労賞受賞 |


十二世 茂山 千五郎(現 四世 千作)の芸に惚れ、現在で言うところの「追っかけ」をしているうちに入門を決意。
1974年 立命館大学在学中に十二世茂山 千五郎(現 四世 千作)に入門。23歳の時 狂言『瓜盗人』のアドで初舞台。以来1988年に『三番三』1993年に『釣狐』1996年に『花子』を披く。
海外公演にも多数参加している。
1984年には、同門の網谷正美と丸石やすしと共に「三笑会」を結成。京都府立文化芸術会館主催の「狂言 勉強会 (現在 狂言三笑会)」を自分たちの勉強の場、発表の場として年間5回の公演を催しており、公演回数は120回を既に数えている。
狂言ファン出身ということもあって、常に観客の気持ちを大事に考える姿勢は舞台のみならず、随所で垣間見ることができる。誠実な人柄が反映されてか、舞台に堅さが感じられた時代もあったが、年齢を重ねトレードマークの〈笑い顔〉と共に親近感溢れる舞台でファンの心をつかんでいる。
師 千作を永年の目標としながらも日々自分自身の狂言を研究、精進を続けている。
◎能楽協会会員
◎日本能楽会会員
◎重要無形文化財総合指定保持者
◎京都能楽会会員
趣味:コーヒーを飲みながら、ぼうっとしていること
好きな物:スイカ他果物全般・いろいろなスープ・チョコレート
嫌いな物:金に汚い卑しい奴・ゴキブリ・蛾 他たくさんの虫
尊敬する人:四世茂山千作・観世寿夫
好きな狂言:『福の神』・『靭猿』・『文蔵』・『文荷』・『右近左近』
<落語作家・小佐田定雄評>
愛称は「まっちゃん」。
おだやかな笑顔が魅力的で、舞台に登場するだけで春風が吹いてくるような感じがするのです。
大学二年のときに見た千作(当時は千五郎)の狂言に魂を奪われ、お稽古に通うようになり、やがてプロの狂言師として正式に入門を果たしました。
今や役者としても重要な位置を占めるようになってきています。
| 1951 | 3月24日生まれ |
|---|---|
| 1969 | 広島大学付属高等学校 卒業 |
| 1974 | (10ヶ月)十二世 茂山千五郎(現 四世 千作)に入門 『瓜盗人』アドで初舞台 |
| 1977 | 立命館大学法学部卒業 |
| 1984 | 金剛能楽団の一員としてアメリカ・カナダ諸都市 公演参加 同門 網谷正美・丸石やすし と共に「三笑会」を結成。京都府立文化芸術会館主催 「狂言勉強会(現在 狂言 三笑会)」を年間5回公演 |
| 1988 | 『三番三』披く |
| 1993 | 『釣狐』披く |
| 1996 | 『花子』披く |
| 1999 〜2003 | フランス政府文科省・パリ市立劇場の後援を受け、日・中・仏の古典芸能によるコラボレーション作品「MONNAIE DE SINGES」を制作。スペイン・ポルトガル・フランス・カナダ各地で公演 |
| 2004 | 三笑会 第100回記念公演 |
| 2006 | 平成17年度京都府文化賞功労賞受賞 |


1989年木村正雄、網谷正美に師事。のちに1995年、十三世茂山 千五郎に師事。
現在は狂言師と家業の農業の二足のわらじを履いている。細くともずっと携わっていくこと、それ自体が目標。
◎能楽協会会員
趣味:書
好きな物:カフェラテ・カフスボタン(気に入ったものを見つけるとつい買ってしまう)
嫌いな物:鯖鮨
尊敬する人:千利休
好きな狂言:『蝸牛』・『土筆』・『寝音曲』・『千鳥』・『福の神』
| 1970 | 1月11日 京都市に生まれる |
|---|---|
| 1989 | 『口真似』で初舞台 |
| 1995 | 十三世茂山 千五郎に師事 |


同門では珍しい二世狂言師。幼少の頃周りの人より少しだけ狂言に接して育ち、大学在学時、ハードな旅の途中に狂言師を目指す事を決意する。卒業後、2002年十三世・茂山千五郎に入門、師事を受ける。同年京都能楽養成会入会する。修行中は日本一忙しい書生を自負し、日々精進する。
2009年京都能楽養成会を卒業し、同年京都能楽会に入会し独立を許され、日本一忙しい狂言師になれるよう日々是努力している。
名古屋市立大学芸術工学部視覚情報デザイン学科卒業。
趣味:アウトドア・ビデオ鑑賞・漫画喫茶
好きな物:ラーメン・(自分にとって)機能的な物
嫌いな物:プルーン・アスパラの瓶詰
尊敬する人:好きなことをとことんやっている人
好きな狂言:『三番三』・『三本の柱』・『三人片輪』
| 1976 | 7月28日岡山県笠岡市、狂言師田賀屋 夙生の次男として生まれる。 |
|---|---|
| 1984 | 「いろは」のシテで初舞台 |
| 2002 | 十三世茂山千五郎に入門・師事、京都能楽養成会入会 |
| 2002 | 田賀屋狂言会アイルランド公演に参加 |
| 2009 | 独立、京都能楽養成会卒業、京都能楽会入会 |


1995年に東住吉高校芸能文化科入学、授業の一環として茂山あきらに狂言を習う。
1998年、四天王寺国際仏教大学入学、同時に茂山千 之丞社中「たけのこ会」に入門。
2002年、茂山 あきら及びニ世茂山 千之丞に師事。
2009年、京都能楽養成会卒業、京都能楽会所属
趣味:演芸鑑賞、放浪芸、萬歳
好きな物:大阪、漫才、カルピス
嫌いな物:酒、たばこ、警察
尊敬する人:砂川捨丸、茂山あきら
好きな狂言:『通圓』、『三番三』、『子の日』
| 1995 | 東住吉高校芸能文化科入学、授業の一環として茂山あきらに狂言を習う |
|---|---|
| 1998 | 茂山千 之丞社中「たけのこ会」に入門 |
| 2002 | 茂山 あきら及びニ世茂山 千之丞に師事 |


2003年、十三世茂山 千五郎に師事。
現在 茂山家の書生として勉強中。
◎京都能楽養成会会員
趣味:カラオケ・雑貨屋めぐり
好きな物:車・玉子料理・UFO(焼きそば)
嫌いな物:スイカ
尊敬する人:ジャッキーチェン
好きな狂言:『柑子』・『神鳴』・『佐渡狐』
| 1976 | 7月22日滋賀県で生まれる |
|---|---|
| 2003 | 十三世茂山 千五郎に師事 『しびり』のシテで初舞台 |
| 2004 | 京都能楽養成会入会 |


現在、社団法人能楽協会会員、能楽大蔵流狂言方師範、田賀屋狂言会代表
1971年 横浜国立大学経済学部卒業
1980年 四世茂山千作・十三世茂山千五郎に入門、師事を受ける。
1981年 能「田村」の間にて初舞台。
1990年から岡山城・後楽園たきぎ能の企画出演(今年で19回)、および、田賀屋倉敷土蔵狂言会の企画公演(97年まで8回)
1991年から夜桜能(現在、くらしき不洗観音寺薪能)の企画出演(07年まで17回)
1993年から早島町いかしの舎お座敷狂言の企画出演(今年で17回)
1996年から毎年1回自主公演「稀曲大曲を観る会」を開催、勉強会を続けている。
その他中国四国地方において、薪能やお座敷狂言など能・狂言公演の企画・出演をするほか、小中高等学校における普及公演や体験教室など狂言の普及啓発に努めている。
また、郷土岡山を題材にした「晴の国相撲」「うっだあ餅」「名物誕生」など新作狂言の作・演出を手がけている海外公演も田賀屋狂言会で積極的に企画し、1998年、2002年アイルランド、2007年オーストラリア、スペインでの狂言公演を団長として成功させている。2001年には、岡山大学文学部(演劇学特講2単位)の非常勤講師を勤める。
| 1946年 | 岡山県笠岡市に生まれる |
|---|---|
| 1980年 | 四世茂山千作・十三世茂山千五郎に入門、師事を受ける |
| 1981年 | 能「田村」の間にて初舞台 |
| 1989年 | 田賀屋狂言会を主宰 |
| 1990年 | 「三番三」を披く |
| 1996年 | 自主公演「大曲稀曲を観る会」を開催、第一回公演にて「釣狐」を披く |
| 1998年 | 出身地笠岡にちなんだ新作狂言「名物誕生」「神島渡し」「妙音姫」「力石相撲」を脚色演出 |
| 2000年 | 後楽園築庭三百年記念新作狂言「晴れの国相撲」を脚色演出 |
| 2002年 | 福武文化奨励賞受賞 アイルランド公演 岡山きもの文化人<きもの博士>表彰 |
| 2003年 | 笠岡市制40周年事業で「うっだあ餅」「お代官さま」を脚色演出 |
| 2005年 | 息子・島田洋海と父子狂言会「弐人会」を開催 |
| 2006年 | 「花子」を披く |
| 2008年 | 岡山芸術文化賞<功労賞>受賞 日本善行表彰<国際貢献>受賞 |
